女性性男性性の融合〜真の自分がめざめる〜ネオタントリック瞑想スクールMEZAME

 

みなさん、こんにちは!

随分長い間、のっぴきならない事情で、ブログ更新できていませんでした。

日本は、新緑が笑う、美しい季節になりましたね。

さて、今日は、私チェタナがここ1ヶ月で体験した、人生がシフトしたお話を

シェアさせてくださいね。

みなさまのお役に立てれば、と思います。

3月に、通称タントラマッサージとして知られる、ネオタントラのボディワークの

とても美しいトレーニングが終了しました。

詳しい様子は、こちらから

その後急遽、ヒマラヤ奥地の、チベット仏教の聖地に、飛んで、

私のグルである、チベットラマ率いる仏教徒巡礼旅ご一行と、同行することになりました。

その時、私本人は気づいていなかったのですが、実は私の体は、虫垂炎にかかり始めていました。

胃炎と思い込んでいた激痛を抱えながらも、

幾多の聖者が籠った聖なる谷で過ごせる喜びに満たされ、

白雪で神々しく輝く山脈と、世界平和を祈願して新しく建てられた仏塔の、黄金の冠を見上げながら、

毎日を過ごしていました。 が、、、、

あまりに痛みが激化し、このままだと死ぬかも・・・と直感し、山奥から首都の病院に搬送してもらいました。

(みなさん、僻地に長期間行く前に体調が悪い時は、必ず病院にしっかりかかりましょう <-なんでも祈りと瞑想力で治したがる人の反省です。)

搬送されるヘリの到着時間が、着々と遅れていく中、

あまりに長期間続いた痛みで、私のエゴは疲れ果て、一旦、死を迎えました。 チーン・・・

死をも頭を掠める状況で、生にまつわる根本的な問いが私の中を巡り、

祈りからの直感的な答えが、流れ出していきました。

少し遅れたら、間に合わなかった局面の後、私の心に、不思議な事が起こっていました。

**************************

・私の中には、瞑想などを指導しながらも、根本のところに拭えなかった、存在の根本的不安が、あったのでした。

英語でExistential fear/anxiety(私はなぜ存在するのか、存在していて良いのか という不安)と言われるものです。

それが、消え去り、存在の絶対的安心感が、私の心に宿りました。

・物事をコントロールし管理することが好きだった私。

もしこうなったら、もしああだったら、という、不確実なものへの不安が、根底にあったと思います。

何もコントロールできないのだ、という事が、体感でわかった後に

流れや天の采配に安心して乗るのが、自然に感じられるように、なりました。

・周りを責める、ジャッジする、ストーリーに囚われる、感情に絡み取られるといった

人間関係・自分自身への関わりが、どうしても続いていた私。

その不毛さが腹に落ち、いつ終わるか未知なこの生の、エネルギーと時間を、大切な事へ費やそう。となりました。

・過去と未来がぼやけ、現在今ここが、感じられる事の大半になった

究極的にこの瞬間にフォーカスすること、それが何であれ、する事によって、生まれる境地だと思いますが、

これまでは、過去を分析したり、未来を計画したりに、多くの時間を費やしていました。

極限体験をすると、人生が変わると言います。

だから、極端な修行をしましょう、というわけではなくて、

「望まずに人生に降りかかる、不幸、災難、周りが気の毒・可哀想と思うような体験は、

本来、人生をポジティブに大転換させる、唯一無二のチャンスとして、天から与えられる恩恵なのだ」

という事なんです。

災い転じて福となる は、私達が、災いをどう受け止めるか、にかかっているようです。

「本当にいつ終わるか自分でコントロールできない命。

何のために生きるかを精査して、今日を懸命に生きよう」。

**************************

この経験のあと、私は一旦、全ての活動をストップして、ゼロから始める事にしました。

本当に大切なことに、人生を集中させるため・・・

(写真はネパールで、滞在中、虫垂炎が劇的に快癒したヨガセンターにて)

祈りと瞑想の時間、今世の魂の器である体を癒し整える時間と、摩耗しないエネルギーの回し方から始めて

ヒマラヤから運ばれて1ヶ月経った今、回復中の体に寄り添いながら、

世のため人のために、私だからできる貢献をしていける喜びに、素直に従って、1つ1つ、活動を再開しています。

MEZAMEを通じてお伝えしていくことも、変わっていきそうです。